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2010-02-10

麻布怪談 / 小林恭二

麻布怪談
はじまりは怪談だけどその謎が解かれるにつれて人情が深まり、ほんとうの謎が解けるとき物語は終わる。


「あたしね・・・」
 初はゆっくりと笑顔を作った。
「死ぬの」
「え」
「あたし、子供を産んだら死ぬの」
 初の笑顔から涙が零れる。

(・・・)

「教えてくれ」
「何を?」
「何もかもだ。おまえはなぜ俺の前に現れた。なぜ俺の子を産む。なぜ今になって去ろうとする」
 初は涙を拭い、新しい笑顔を作った。
「あなたのことが好きだからよ」
「そんなの答えになってない」
「なってるわ。あなたが好きだから、あなたの前に現れた。あなたが好きだから、あなたの子供を産む。あなたが好きだから、去らなければならない」

(・・・)

 善四郎は穴の底で、初のことばを懸命に拾い集めた。
「あたしは、生きていた頃のあたしの思いと、かつてあなたの妻だった人の思いの中に生きてるの。今ここにいるあたしは、ふたつの思いが仮にかたちをとったものにすぎない。子供ができればすべての思いは霧消する。そうなればあたしも霧消する」
 善四郎は集めたことばを理解しようとした。しかし何も理解できなかった。善四郎は、手にしたことばを投げ捨てた。

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